民主党神奈川県第12区総支部代表、前衆議院議員 中塚一宏 公式ホームページ

改革は国民の為に

インタビュー

◆政党中心の選挙へ・・・

― 自分で衆議院議員としてやってみてどうですか。
そうですね、政治の政界に入って10年目で当選させてもらうことができました。やはり外野からワイワイいうのと自分でやってみるのは大違いです。質問なんかにしても、人のものはイヤと言うほど(笑)つくりましたけど、自分でやると勝手が違います。

― 一年生議員としては大活躍ですよね。
有り難いことだと思ってます。自由党は人数が少ない党だったのでたいへんでしたけどその分やり甲斐もありました。自民党だったら一年生議員が予算委員会テレビ入りなんかでは質問できませんからね。でも最初に質問したときは、足がふるえました(笑)。

― 本当ですか?まったくそうは見えませんが。では、当選する前と後では何が一番変わりましたか?
勉強する時間が減ったことかな。選挙運動もしなければなりませんしね。当選前なら一日資料に目を通したり、若手官僚と議論をする余裕がありましたが、当選してからはありませんね。

― どうすれば改善できますか。
政党本位の選挙を定着させてゆくことでしょう。候補者本人が組織を作り、資金をつくって選挙をするというそのやり方から政党中心の選挙へと変えてゆくべきと思います。

― その他に当選後で変わったことは?
いっぱいありすぎてね(笑い)。世間的に言う休みは無くなりましたね。あと、してはいけないことが増えたなぁ。

― え、どんなことですかそれは!
まぁ、それはナイショにしておきましょう・・・・・

◆子育て世代の代表として・・・

― お子さんのこと教えて下さい。お子さんは、お二人ですね。

はい。三歳になる長男 憲(けん)と、ことしの9月に生まれた長女の茉奈(まな)です。

― 市内各所に貼ってあるポスターで一緒に写っているのは憲君ですね。大きくなりましたねぇ。この「憲」という名前にはお父さんの思いが込められているのですか?
私の名前「一宏」も、息子の名前「憲」も、京都の晴明神社で命名してもらいました。やはり運は大切です。いくつか候補がありましたが、何と言っても「憲」は憲法の憲。最高法規と言うことです。また誰からも憶えてもらえるし、グローバル化時代にも対応できるのではないかと考えました。

― お気に入りの遊びはなんですか。
息子は大の鉄道ファン。というか電車オタクですね(笑)。まあとにかく電車が好きで、今すんでいる藤沢駅近くのマンションは電車の音が聞こえるのですが、音だけで貨物列車か東海道線か分かるらしいんですよ。

― えー、本当ですか。
私も最近聞き分けられるようになりました。好きな電車もきわめて庶民的で東海道線とか小田急線とか山手線とか。特に好きなのは江ノ電ですね。プラレールを振り回しながら(?)遊んでますよ。あと乗ったことのない電車までよくしってるんだよなぁ。

― 線路つくってあげたりするんですか?
任せて下さい(笑)。もうちょっと家が大きければね、いろいろなレイアウトがつくれるんだけど。つくっては壊してますよ。あのブルーの線路、夜中トイレに行くときなんかに踏んづけると、痛いんだよね(爆笑)。

― 一緒に電車に乗ったりすることはありますか?
ー東京での仕事が比較的軽いときに、連れていってやったりすることはあります。一緒に東海道線に乗りますね。藤沢でも、江ノ電に一緒に乗ったりすることもありますよ。これも仕事の一種ですが。

― ちゃんと遊んであげてるんですね。
どんなに遅く帰っても息子の相手は必ずするようにしてます。まあ、寝てしまっていることの方が多いですけどね。寝顔だとちょっと残念なような、それでいて相手しなくても寝られるのでラッキーなような複雑な気持ちです。

― お子さんのことが本当にお好きのようですね。
自分で父親になるまで分かりませんでしたが、本当に可愛いです。「お仕事手伝ってあげるよ」なんて息子が言った日にゃ、涙ぼろぼろって感じですよ。私は父を12才の時に亡くしてます。父との想い出はもちろんありますが、父が私に対してもっていた思いが息子を通して良く分かるような気がします。

― なるほどね。どんな人に育って欲しいですか。
人それぞれに得意分野・不得意分野があります。得意分野を伸ばして、世のため人のために尽くせる人になって欲しい。そういう風に育てたいと考えてます。

― 子育てに当たって心がけていることは?
丁寧な言葉遣いをするように教えています。あと、自分自身の生き方が息子に対して恥じないように心がけてます。

― お嬢さんが生まれたそうですね。
2003年の9月15日です。いつものように藤沢市内の挨拶回りに精を出していたら、妻から電話がありまして・・・・そのまま妻と一緒に産院へ直行、立ち会い出産しました。

― それはなかなかできない体験をされましたね。で、感想は。
うーん。女の人って、本当にたいへんですよね。妻を尊敬するようになりました。予定日より3週間ほど早かったんですが、母子共に健康です。

― 女の子はまた格別でしょ?
実は、生まれるまで男の子だと思いこんでいたんですよ(笑)。着せるものも青色とかばっかりだったんですが、生まれてみたらなんとついてない(大爆笑)!本当にビックリでした。長男の時は全く逆で、女だと思ってたら男だった。今回はその逆。

― でも男女1人ずつで結果オーケーじゃないですか。
女の子が欲しかったので、とても嬉しいです。長男の予定日は2000年の6月2日。衆議院解散の日です(笑)。一週間早く生まれてくれました。親孝行な子です。長女の予定日は10月7日だったのですが、3週間早く生まれてくれて、これも親孝行な子。お父さんは助かってますが、なぜか私は選挙の年に子供ができる傾向がある(爆笑)。

― いろいろな意味で責任重大ですね。
はい。長男は来年から3年保育の幼稚園です。藤沢市内の子育てに関するいろいろな問題について、子育て世代の代表として頑張っていきたいと考えてます。


◆内助の功よりも歩んでゆくという姿勢を・・・

― 奥さんとのこと教えて下さい
奥さんとのなれそめは?
妻は新生党(当時)の代議士秘書をしてました。ようは職場結婚のようなものですね。

― そんな、あいそのない。もうちょっとお話しして下さいよ。
恥を忍んでお話しすると、私の母に結婚を反対されましてね。まあ母には母の言い分や考えもあったのでしょうが、何で理解してくれないのかとても悩みました。でも最終的には了承無しで入籍しちゃったんですね。私の母は結婚式にも来ませんでした。

― えーっ、それじゃ駆け落ちみたいじゃないですか。
妻にも母にも不愉快な思いをさせて、申し訳ない限りでした。でも自分の人生自分で決めないとね。

― で、今は?
今はもう大丈夫。みんな仲良し(笑)。母も時々藤沢へ来てくれます。

― 奥さんのどういうところに惹かれましたか?
そうですね、あまり物事にこだわらないように思えたところかな。でも実際は私より熱心なところがあって、今のホームページは妻が全部つくったんですよ。

― それはすごい。そう言えば、中塚さんが街頭演説をしているときに赤ちゃんを抱いた
   奥さんがビラ配りをしていると話題になったことがありましたよね。

そう。そのことは小沢一郎さんの耳にも入っていて、「君は本当に良い奥さんをもらった」と(笑)。

― じゃあ本当に助かりますね。
どんな仕事でも同じでしょうが、家族の理解はとても重要です。内助の功とかじゃなくて、一緒に歩んでゆくという姿勢でしょうか。でもあまりかっこいいこというと、帰ってからぶっ飛ばされそうだから(笑)。

― でも奥さんも政治家の秘書をされていたことがあるなら、この仕事への理解はあるでしょう。
そりゃもちろんそうです。でも人の家庭がたいへんなのと自分の家庭の場合では、やっぱり違うみたい。さすがにこれほどまで忙しいと機嫌が悪い。というよりも心配してくれてます。

◆そして今藤沢が故郷に・・・

―なぜ藤沢へ?
― 中塚さんは京都生まれですよね。どうして藤沢で政治活動をされているのですか。

前回2000年の衆議院選挙で初当選させてもらいましたが、その時は比例単独。選挙区での選挙はしていません。お陰様で35歳の代議士誕生となったわけなんですがいつまでも比例だけというわけにはいかないし、選挙区を選ぶことにしました。妻がこちらに縁があります。だからサザエさんのマスオさんの様なもんですか(笑)。それから藤井裕久先生が中選挙区時代に住んでいたということもありました。

― 藤沢はどうですか。
私は京都という海から遠いところで生まれたので、海の近くに住みたかったことも選んだ理由の一つです。なかなか海を見る機会もありませんでしたから。食べ物も生魚は京都ではあまり食べない。干物や味噌漬けが一般的です。こちらの魚は本当に新鮮ですね。

― 気候とか人情とかも違うでしょう?
気候は圧倒的にこちらが良い。温暖ですし四季を通じて過ごしやすい。ここに住むとよそには行けなくなりますね。人情については場所柄・土地土地で変わりますが、湘南の人ははっきりと物事を言ってくれるので有り難いです。ダメならダメだし、応援すると言ったらとことん応援してくれます。

― そんな藤沢・寒川の湘南地域にかける想いをひとつ・・・
海のそばに住みたくて、とさっきお話ししましたが、寒川の相模川から望む丹沢山系をはじめとする山並みが大好きです。それは故郷の京都が山々に囲まれていたせいかもしれません。息子には藤沢が故郷になりました。そして娘は、藤沢生まれです。子供達の故郷のこの街をより住み易く変えてゆきたい。頑張ります。

― 長時間にわたって有り難うございました。


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